スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007/11/11 (Sun) ツール・ド・沖縄 市民200キロ

表題:モリカワのサバイバル・メソッド
副題:沖縄市民200キロに見るグルペット生成の過程とメカニズム
副副題:あなたは生き残れるか?

3回目のツール・ド・沖縄。毎年、沖縄のレポートはレースレポートに仕分けているものの、私にとってこれはレースではない。ハイスピードサイクリングといった方が正しい。

レースというのは人との戦いであり、順位を競うもの。しかし、私の場合、順位なんてどうでもよくて、如何にして完走するかしか頭にない。こういうのはレースとは言わんだろ。頭の中はレースプランじゃなくてサバイバルプランなんだからさ。

3回目にして、沖縄の200のサバイバルテクニックは完成の域に達したと思う。こんなのはもういい。もう出ない。

というわけで、最後の沖縄レポートでは、私のサバイバルテクニックを余すところなく公開することにする。完走狙いの人には参考になるだろう。完走狙いじゃない人は、以下は読まない方がいい。不愉快になるかもしれない。

ーーーーーーー以下、サバイバルレポートーーーーーーー
朝の3時半に起床。そんなに早く起きなくてもいい気がするが、同室が朝練魔王の風さんで、そのペースに合わせるとこうなる。

風さんは、4時までに(つまりレーススタートの3時間前)飯を食ってしまい、消化してしまいたいらしい。私は、前半のサイクリングパートはレースに含めていないので、5時過くらいに飯を食いたいのだ。サイクリングタイムで消化するくらいでちょうどいいじゃん。

というわけで、3時半に起きたが、しばらくはストレッチで時間を潰し、4時半から徐々に飯を食い始め、5時半までかけて、おにぎり二つ、サンドウィッチ二つ、ソイJOY3つ、パワーバー1本を順番に流し込む。

6時前に出発して、会場に着いたらウィダーインゼリーを一本流し込み。スタート直前にさらに一本。

定刻の7時にスタートしたあとは、30分に一回のペースでパワーバーとカーボショッツを食べる。パワーバーは食べ易いように3つに切って、両面テープでトップチューブに2本分貼っておいた。結局1本分しか食べなかったが、なかなか良かった。カーボショッツはいつものように小さな補給用ボトルに入れておいた。

71006.jpg


(サバイバルテクニックその1)
腹が減っては戦はできぬ。起床してから一回目のダムの上り口までは、ひたすら補給区間だと思うべし。食べ過ぎなくらいで丁度いい。ここで食う量がその後のサバイバルの成否を決める。


ダムまでの平坦70キロでは今年も果敢に逃げる選手がいて、本当に凄いと思う。しかし、我々サバイバーには関係無いことだ。補給を取ることと脚を出来る限り使わないことと落車を避けるために前にいることとダムの手前で位置取りをすることだけ気を付けて、淡々と冷静に走るだけだ。

okinawa-3.jpg


海岸線のションベン区間を過ぎ、一個目のトンネルを超えた辺りから位置取りに細心の注意を払う。横からかぶせてくる選手も多く、集団も不安定になるため、なおさら前にいる必要がある。2個目のトンネルの手前からは脚を使って踏みまくってでも前をキープしなくてはならない。私は右側の空いたレーンを使って風を受けつつも、思いっ切り踏みまくった結果、前から10番目くらいの最高のポジションで右折することができた。

入りのダラダラ区間はしがみつくものの、インナーに落とした辺りから徐々にポジションを落としてしまう。横山さんと天野さんが視界にいるものの、その先はまばら風味で、今年も一回目のダムでちぎれてしまったことを痛感する。

さらにFiiteの小川さんに声をかけてもらいつつ抜かされ、後ろを見るとだれもいない。ここでサバイバーの本能が目覚めた。ここは踏ん張りどころ。下ハンもってダンシングに入り前を追う。

小川さんを抜き返し、さらに前方を追うものの、天野さんと横山さんには届かない。とはいえ、幸い10人ちょっとのパックでダムを超えることができた。

71155.jpg

(サバイバルテクニックその2)
一回目のダムの上りに全てをかけるべし。ここでサバイバルの成否の70%が決まる。ここの走り次第で、その後のサバイバル道中を共にするメイツの質が決まる。


このパックはサバイブするための生命線だ。大切に育てなくてはならない。前はさほど離れていないはずだ。ローテーションして追わなくてはなるまい。

と思うものの、補給地点でボトルを受け取ったときに左足の裏が攣ってしまい、これはまずい。ここで攣った左足はこの後も大いに私を悩ますことになる。

やむを得ず後ろに下がり、ストレッチなどをしながらツキイチしていると、前方に集団が見えて来た。そこにはオーベストジャージが3人いて、ここはパックを育てる絶好のチャンス。ここは死んでも前を追わなくてはならない。

ストレッチのせいか何とか攣りが収まったので、ローテーションに復帰して前を追う。

近づいて来た集団をじっくり見ると、オーベストジャージは横山さん、天野さん、釜下さんの3名で、しかもその3名が前方で展開している。無線があればなあ、とか思いつつ、それでもターゲットのあるこっちの集団の方がモチベーションが高いようで、何とか連結に成功。まずは第一回目のパック育成活動が成功した。

ここで後方に下がり、脚の回復に努める。攣った左足は今にも再発しそうな感じで、ストレッチを繰り返しながら、奥の上りに備える。

奥の上りでは、攣らないように細心の注意を払いながら丁寧に踏むものの、自然とポジションが上がってしまい、この集団の中では上りは自分にアドバンテージがあることを確信する。

これは昨年も感じたことだが、ここらへんから上りが楽に感じられるようになる。これは自分がスロースターターだからなのか、周りと比べて一回目のダムの上りでセーブしているからなのかは定かではない。いづれにしても左足の爆弾が爆発しない限り、2回目のダムは先頭で超えられるだろう。

と思うものの、左足の状態は想像以上にやばく、海岸線の平坦で、ちょっと前が空いたのを詰めようと踏んだ瞬間に攣ってしまった。しかも両足のハムが同時に逝った。

ここで集団の後方にいたら、そこで終わっていただろう。幸いなことに中盤にいたのでストレッチしながら後方に下がり、最後尾に落ちるまでに何とか復活することができた。助かったぜ。ふと気が付くと中尾がいた。ひどい声だが大丈夫かよ?どう見ても大丈夫じゃなさそうだな。

その後は補給を取りながらツキイチ。2回目のダムに備えて力を蓄える。

(サバイバルテクニックその3)
ダムの頂上から2回目のダムの上りまでの区間は、①パック育成活動、②補給の2つがテーマだ。前を引く時はパック育成のためだけにし、必要以上に脚を使わず、補給をしっかり取ることが重要。ここでは集団が大きいはず(そうでなければ貴方のいる集団はもう終わっている。サバイバル失敗なので、パック育成のために前を積極的に引くしか手はない)なので、それなりにスピードが出るはず。負荷はメイツと分散するべし。

左折して2回目のダムの上りに入る。前半のだらだら部分で徐々にポジションを上げつつ、左足が攣らないように慎重にペダルを回す。この時まで確かに横山さんがいた。

案の定、上りはイケテル。まもなく6人くらいの先頭集団が構成された。具体的な内訳は覚えていないが、天野さんと釜下さんがその中に含まれていて、特に天野さんの走りが軽い。

脚は攣りそうで攣らない状態で何とか頂上を通過。右折する。この時まで確かに天野さんがいた。

ここから軽いアップダウンがあり、しばらくして補給所が出てくる。水を二本もらい、下りに備える。この時まで確かに釜下さんがいた。

(サバイバルテクニックその4)
2回目のダムは先頭集団で超えることが必須だ。ここで脚のある無しが明確になる。前に飛び出した連中以外は当てにならないので、何としてもそのパックに入る必要がある。もし入れなかった場合は、下りを全力で踏むしかない。ここはサバイブする勝負所の一つ。力を後に残しても意味がない。全部出し切ってでも前を追うしかない。


下りに入ると、踏む選手と休む選手の差がはっきりする。実はここの下りは重要ポイントの一つで、理由は二つある。一つ目は、下りで踏む選手はその後の道中でローテーションをきれいに回してくれる。よって一緒にいると後でモノを言う。二つ目は先行集団に追いつける可能性が高い。先行集団は、上りが強くて(要するに地脚があって)下りが弱い可能性が高く、ここを下り切った後はタイトコーナーがないため、その後のアップダウンで大きな戦力になるのだ。

下りで踏み始めたのがForzaの選手(リザルトから推測するに坂本選手)で、二人でローテーションをしながら次々と抜いて行く。だれにも抜かれることなくひたすら抜いて行く。

いつも思うが、皆下りが遅すぎる。特に気になったのが、左車線を律義に守っている人が多いことで、両側完全規制なんだから最短コースをトレースするのが当然だと思う。現在のハイグリップタイヤなら、全コーナーを最短ルート・ノーブレーキで楽に行けるはず。

下り切ると、案の定、先行する6人くらいの集団が見える。しかし、Forzaの選手と私の二人になってしまい、これは失敗だったかもしれない。数が足りなくてなかなか前に追つかない。

ところが後ろからもう一人(だれだか覚えていない)来てくれて3人になった。おかげで大分差を詰めて高江の上りに入ることができた。

高江の上りで集団に追いつくと、200と130の混合集団だったが、200が4名くらいいて、この中にFitteの選手(リザルトから推測するに倉本選手)がいて、これがこの後にモノを言うことになる。

(サバイバルテクニックその5)
ダムの頂上から高江上り口までの下りでは、下りで踏める選手とパックを構成し、積極的に前方を追うべし。


高江を越えると、上り基調のアップダウンが続く。それなりに厳しいコースであるものの、尾根幹のようなコースのため、ローテーションの効果は高い。ここでローテがきれいに回るかどうかが高江の関門を越えられるか否かのポイントになる。

この時、6名くらいが集団を構成し、正確な構成員は覚えていないが、Fitteの選手(倉本選手と推測)、Forzaの選手(坂本選手と推測)、マリアローザの選手(大内選手と推測)が居たと記憶している。外にもパールのスバルジャージの選手が居たと思う。ゴールする時に4人で回したのだが、その時のメンツとは長い付き合いだったと思った記憶があるので、リザルトから推測すると、サイクルプラスの野北選手、FAST+LANEの片山選手、OPUCC・OBの藤田選手もここらへんから一緒だったかもしれない。

皆疲労の色が出ていて、ローテはぎこちないものの、Fitteの選手が仕切ってくれたおかげで、それなりに回り始め、おかげで先行する選手を次々と飲み込み始めた。

このあたりで飲み込む選手はそれなりに走れる選手で、戦い終わっているものの地脚の強さがある場合が多く、吸収してしばらくするとローテに加わってくれて、さらにペースアップする。

するとさらに先行者を飲み込み、さらにペースアップするという好循環が生まれ、やがて完走グルペットが完成する。

平良のあたりで成毛がふらふら走っているのを吸収した。これは既に死んでいると思ったがしばらくするとローテに入って来た。これには驚いたが、間もなく消えていったのにも驚いた。

海岸線に出たあたりで物見山の小湊さんを吸収。こんなところで何をしていたのか定かではないが、脚が余っているようで、鬼引きしはじめた。

次にニコタマの井上さんを吸収。もう完全に戦い終わっているようですね。

(サバイバルテクニックその6)
高江を過ぎたら、ひたすらパックをでかくすることを考えるべし。この区間でリクルーティングした選手はその後の働きが違う。

ここまで来たら完走は固い。脚が余っていれば、源河で使い切ればいいし、残っていないならサイクリングに切り替えればいい。いずれにしても、昨今は高江と平良の関門を越えれば、切られることはない。

今年は何故か上りが行ける感じで、まずは源河の上り始めで130キロ組の豊島さんを抜き去り、次にgoちゃんを抜き去る。過去3年で一番走れた源河だった。上りの直前で飲んだトップテンが効いたのかもしれない。

後はゴールを目指すだけ。ここまで来るとタイムや順位なんてものはどうでもいいのだが、10人くらいのパックには長い道中を共にした選手が多かったので、その手前、ローテーションをきっちりこなした。

okinawa-2.jpg


そのまま争わずにゴール。お疲れさまでした。

okinawa-4.jpg

okinawa-1.jpg


全くもってレースでもなんでもない展開で、我ながら呆れるものがある。とはいえ、沖縄200を完走するというのはそれなりのことであるわけで、完走ぎりぎり系レーサーには参考になると思う。かえって有害な情報とも思うが。

最後にポイントをまとめておこう:
1.補給
2.パックの選択
3.パックの育成
以上の3つだ。これだけを考えてこれ以外の余計なことを考えないこと。それが私のサバイバル・メソッドだ。

これで貴方も立派なサバイバーだ。何回出ても完走出来るだろう。おめでとう。

だが、サバイバーはサバイバーでしかない。決してウィナーにはなれないという冷厳な事実を直視する必要があるかもしれない。

まあ、それも一つの楽しみ方ではあるが。

順位125位、タイム5:49:17.721 トップ差29:06.18
スポンサーサイト

Comment

No title

モリカワさん
大変貴重なレポートありがとうございます。
私の実走を思い出しながら・・・反省点を洗い出し、今後の課題にしてみます。

No title

風さんが参考にするとしたら補給だけですね。

今年は成績も出ているし、実力の伸びも凄かったんだから、行けるところまでそのまま行きましょう。

春のチャレサイのチャンピオンジャージの胸の文字を声に出して読んでみましょう。

Comment form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

hmway

Author:hmway
1966年7月4日スリランカにて生まれる。
自転車、ロードレース、トライアスロンを趣味とする。

中学、高校までは野球。

大学から30くらいまではスキーに熱中し、SAJテクニカルプライズ取得、技術選などに参加。

96年に自転車(TREK5000+105)を購入しトライアスロンを開始。

2000年10月の幕張をもって活動休止。
2003年6月の日産カップより活動再開。



2004年より自転車に重点を移行。
4月のJCRC群馬のXクラスでデビュー、F認定。
7月にFで5位に入りEクラスへ。
10月の群馬100キロでD昇格

2005年より実業団登録
2月ウィンターロード2位(Cクラス)
3月JCRC修善寺8位(D級)
4月JCRC群馬3位(D級)、 東日本実業団69位(BR3)
6月都ロード6位(Bクラス)、美ヶ原 1時間19分45秒
7月西日本実業団66位(BR3)、JCRC群馬2位(C級)
8月全日本実業団小川村59位(BR3)
9月JCRC修善寺9位(B級)
10月全日本実業団富士スピードウェイ72位(BR3)、JCRCアート杯14位(B級)
11月ツール・ド・沖縄市民200キロ115位
12月ウィンターロード4位(Bクラス)

2006年
1月ウィンターロード12位(Bクラス)
2月ウィンターロード30位(Bクラス)
3月JCRC修善寺24位(B級)
4月チャレンジ登録マスターズ21位、 東日本実業団102位(BR3)
5月木祖村DNF
6月西日本実業団50位(BR3)
9月全日本実業団DNF(BR3)
10月実業団飯田DNF(BR3)、ジャパンカップオープンDNF
11月ツール・ド・沖縄市民200キロ111位

2007年
4月JCRC群馬23位(B級)
5月木祖村DNF
6月JCRC三宅島2位(B級)
9月JCRC塩原14位(A級)
10月JCRCアート杯28位(A級)
11月ツール・ド・沖縄市民200キロ125位


2004年3月にGIANT TCR COMPOSITEを投入
2005年1月にキシリウムSSC SLを投入
2006年1月にキシリウムESを投入
2006年10月にLOOK585を投入
2007年2月にミノウラ 三本ローラー台 プロ仕様と運命的に出会う
2007年3月にSIDI ERGO2 CARBONを投入
身長176cm、体重62kg、体脂肪率10%前後

Counter


無料カウンター 現在の閲覧者数:
無料カウンター

RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。